鹿児島地方裁判所 昭和35年(行モ)2号 決定 1960年11月16日
申立人 武宮清盛
被申立人 鹿児島市長
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
(申立の趣旨)
被申立人が申立人に対して為した昭和三五年二月二九日付仮換地指定処分および同年一〇月一〇日付直接工事施行通知処分の各執行を停止する、との裁判を求める。
(申立の理由の要旨)
一、被申立人は申立人に対し、申立人所有の別紙目録記載物件につき、昭和三五年二月二九日付計第一、二〇七号の仮換地指定処分、同年五月二七日付計第一三八号移転通知処分および同年一〇月一〇日付計第八六一号直接工事施行通知処分をなした。
二、しかしながら右仮換地指定処分および直接工事施行通知の各行政処分は左の理由により違法である。
(1) 市長が都市計画事業として施行する土地区画整理事業は、土地区画整理法(以下新法という)第三条第四項の規定により国の利害に重大な関係があり、かつ災害の発生その他特別の事情により急施を要すると認められるものに限つて許されるものであるところ、本件各行政処分の基礎となつた都市計画事業は右要件を具備していない。また土地区画整理法施行法(以下施行法という)第五条第一項の規定により旧特別都市計画法第五条第一項の土地区画整理は、新法施行の際現に行政庁が施行しているものは、新法施行の日において同法第三条第四項の規定により施行される土地区画整理事業となるのであるが、本件土地を含む天保山工区が計画決定区域に編入されたのは昭和三〇年三月三一日であるからその施行に着手したのは新法施行の日たる同年四月一日以降であるはずであり、またそれ以前から計画決定区域にはいつていたとしても、昭和二四年頃以降天保山工区の土地区画整理は全く行われていなかつたものであるから、天保山工区の土地区画整理は事実上放棄された状態で新法施行の日を迎えたのであり、同法施行の際現に行政庁が施行しているものに該当しないから当然に新法第三条第四項の規定により施行される土地区画整理事業となるものとは云えない。仮りに本件都市計画事業が施行法第五条第一項の適用を受けるものとしても天保山工区の事業計画についての設計書は新法第三条第四項前段、第六九条第一項、第六項に違反するので、施行法第五条第二項後段の規定により新法の規定による事業計画としての効力を有しない。以上の理由により本件事業計画は無効であり、これに基く本件各行政処分も無効である。
(2) 本件事業計画の実施は、これにより申立人他天保山工区民等の受ける不利益がこれによつてもたらされる社会上の利益に対比して極めて大きいから比例原則に違反し、また申立人所有地と同一条件下にある天保山町の一区画が除外されているから平等原則にも違反し、事業費の大部分を国庫に負担させようとする不当な動機に基き、杜撰な計画の下に、反対理由に充分な衡量を払わずになされているので、権利の濫用であり違法であるから、これに基く本件行政処分も違法である。
(3) 本件行政処分は、憲法の保障する国民の財産権および居住の自由を不当に侵害する違法無効の処分である。
三、よつて申立人は被申立人を相手取り右各行政処分の取消を求めて鹿児島地方裁判所に行政訴訟(同庁昭和三五年(行)第一一号仮換地指定通知および移転通知の行政処分取消請求事件)を提起したが、本件各処分の執行を受けるときは回復することのできない損害を蒙るものなるところ、昭和三五年一〇月一〇日付計第八六一号をもつて被申立人は別紙目録記載物件を昭和三五年一〇月二〇日午前一〇時から撤去する旨通告してきており、何時執行を受けるやも測り知れない情況であるので執行停止をする緊急の必要がある。
(判断)
行政処分の執行停止を命ずるには、本訴が一応理由ありと見え事実上の点につき疎明のあることを要するところ、申立人提出の疎明資料によつては、本件土地を含む天保山工区が昭和三〇年三月三一日にはじめて都市計画決定区域に編入された事実を認めるに足らず、かえつて一件記録によれば、天保山工区を含む地域が昭和二一年五月四日頃都市計画法の規定する都市計画区域に決められ、鹿児島市は同年七月三一日付内閣総理大臣の命令によりその頃から右区域の土地区画整理を施行していた(尤も現実には天保山工区は予算等の関係から後順位に廻され、他の工区より着工した)が、同年九月一一日旧特別都市計画法の施行と同時に同法附則第四項同法施行規則第一八条の規定によつて同法第五条第一項の規定により鹿児島市が土地区画整理事業として施行することになつたところ、旧特別都市計画法が廃止せられ、新法が施行されると同時に、施行法第五条第一項の規定により新法第三条第四項の規定により施行される土地区画整理事業となつたものと一応認められる。申立人は、天保山工区の土地区画整理事業は新法施行当時事実上放棄された状態にあつたから同法施行の際現に行政庁が施行しているものではないと主張するが、前記の如く本件都市計画事業の施行は天保山工区以外の地域をも含めて命ぜられたものであり、鹿児島市長は新法施行の日まで命ぜられた区域を予算等の関係から数工区に分け順次施行して来たものであると一応認められるので、天保山工区についての施行が新法施行当時現実に行われていなかつたとしても、計画決定区域全般にわたり、同時に着行することは予算その他の関係から到底不可能であり、一部区域より順次施行することはやむを得ないところであるから、施行を命ぜられた計画決定区域を全体として観察して新法施行の際現に行政庁が旧特別都市計画法第五条第一項の土地区画整理を施行していたか否かを判断すべく、この観点より看れば本件土地区画整理は新法施行の際現に施行されていたものと認めるのが相当であるから右申立人の主張は理由がない。また、申立人は天保山工区事業計画についての設計書は新法第六九条第一項第六項に違反すると主張するが、右設計書は同法施行の日たる昭和三〇年四月一日より以前にすでに定められていたものと一応認められるので、施行法第五条第二項の規定により旧特別都市計画法の規定による設計書は、新法の規定による事業計画において定められたものとみなされるのであつて、改めて縦覧、公告等の手続をとる必要はないと解される。また、右設計書は新法第三条第四項前段の規定に違反するとの申立人の主張につき、当裁判所は、本件事業は既述の如く新法施行前の旧特別都市計画法および都市計画法の規定に基いて施行され新法施行と同時に新法第三条第四項の規定による土地区画整理事業となつたものと一応認められるので、改めて同条同項の規定に違反するか否かを問う必要はないと解する。
また、申立人の本件事業計画の実施は平等原則、比例原則に違反し不当な動機に基き杜撰な計画の下に反対理由に充分な衡量を払われずになされたもので権利の濫用であるとの主張は、被申立人において権利濫用となるような行為をした右事実を認めるに足る疎明がない。
更に、申立人は本件各行政処分が憲法の保障する国民の財産権および居住の自由を不当に侵害する処分であると主張するが、一件記録を通覧するも何等申立人主張の如き憲法違反の点は認められない。
よつてその余の点について判断するまでもなく申立人の本件申立は失当であるので却下することとし、申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 池畑祐治 小川正澄 池田久次)
(別紙目録省略)